マーケットコラム

●ミレニアムにあらためて考える、
次世代の社会・企業には何が必要か。

 20世紀が本棚の中に収まろうとしている。つまり歴史になりつつある。こうした節目にこそ、日々の生活や仕事を少し離れた視点から大きく捉えてみることも必要だろう。たとえば私たちにとって身近な自動車。米国フォード社が大量生産を開始したのが1913年。今や日本は米国と並んで世界最大の自動車生産国となった。世界中で生産される自動車の4台に1台は日本車だといわれる。「自動車の世紀」であり「石油の世紀」でもあった20世紀だが、次代にはなにが求められるのか。

 現在、日本国内には約6500万台のクルマがある。2人に1台という勘定だ。クルマは豊かな社会を象徴するとともに、他の工業製品にはない独自の性格をもっている。
 まず第1に欲望装置としての性格。つまりスピードの快感やステイタスシンボルといった要素をもっていることだ。第2は自動車産業が日本経済を支えてきたという経済装置としての性格。しかし、第3の性格は環境を破壊し、資源を食いつぶしているという負の装置としての側面だ。これも自動車メーカーをはじめ、クルマに関わっている私たちにとって避けて通ることはできない問題である。

◆「ベルリン交通研究所」が描く
 自動車社会の2つのシナリオ

 かつてダイムラー・ベンツのシンクタンク「ベルリン交通研究所」が、自動車社会の未来について二つのシナリオを描いた。
 1.発展至上主義のシナリオ、2.環境指向のシナリオ。1.は経済成長を軸に、国や消費者がエゴイスティックに自動車を利用し続けるというもの。2.は環境意識の高まりから、高価で小型の自動車が普及し、自動車供給量も減少するというものだ。同研究所では、各国ごとにその将来像を検証している。
 それによれば、欧州の国々は概ね2.のシナリオが当てはめられ、日本は1.と2.の選択が曖昧な国として定義された。たしかにドイツなどの欧州先進国では環境対策が急速に進められ、資源問題にも敏感になっている。その点、日本の対応が遅れているのは事実だ。

◆資源問題から考える、
 次世代型の事業に必要なもの

 ふりかえれば戦争直後、まだ自動車が一般に普及していなかった時代には、日本で資源といえば治山治水とわずかな鉱物資源だった。その後、低廉な輸入資源の安全確保が可能となり、高度成長期を通して自動車も普及していく。70年代にオイルショックを経験したとはいえ、基本的に輸入資源(とくに石油)が私たちの暮しを支えてきた。
 最近は情報の収集・蓄積が新たな資源として脚光を浴びている。もちろん石油がなくては自動車は走らないが、それを獲得する上でも情報資源の重要性はいうに及ばない。
 では、次世代に重要視されるのは何か。その一つに「人を集める吸引力」がある。米国を見ればそれは明らかだ。たとえばシリコンバレーはICなしには成り立たないという。ここでいうIはインド人Indian、Cは中国人Chineseだ。このたとえは企業にもいえる。「そんな話よりも景気回復が先決」と口にしたい気持ちはわかるが、新時代を迎えようとする今、将来を見据える目がほしいものだ。


アーリア行政書士法人発行
季刊情報誌「FOUR SEASONS」2000年冬号Vol.12
取材・文/大西昭彦(経済ジャーナリスト)



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